山口さんのモロッコ紀行−20

1999-Oct

●アンモナイト買わナイト

 この日最後の観光は、ホテルに着く前に立ち寄った
アンモナイトの化石工場見学だった。
 化石といえば、ノミで岩から掘り出した、理科室の
標本箱に入っているような物体。そんなものを工場で
作れるはずはない。初めは疑問に思ったが、ふと閃い
た。これは奈良で言えば土産物用埴輪工場、つまり土
産物用にレプリカを作っているところだ。
 と思いきや、真相は大間違い。ここは化石の入った
大理石を研磨し、家具や置物に加工する工場だった。
 まずは工房を見学した。材料となる加工前の大理石
は風呂桶位の大きさで、黒みがかった灰色をしている。
岩の表面に顔を近づけて目をこらすと、硬貨大のアン
モナイトやチョークのようなマテガイ(?・細長い貝)
の化石が、うっすらと見えた。
「これだと見えにくいですよね。でも、こうするとよ
く見えるようになります」
 店員は傍らにあったバケツを取り上げると、中身を
岩にかけた。するとあら不思議、あぶり出しのように
化石が鮮明に見えるようになった。実のところ、表面
はうじゃうじゃと化石だらけであった。
「このように水をかけて見えやすくしてから、切った
り彫ったりという加工をします」
 これは知っていると大変便利である。モロッコでは
どの土産屋に行っても必ず化石が売っているが、殆ど
が石に絵を描いただけの偽物だそうだ。もし、ある化
石の真偽について水掛け論になったら、文字通り水を
かけてやれば良い。化石が残れば本物、消えれば偽物
である。
 加工の実演は見られなかったが、加工途中のサンプ
ルをいくつか見せてもらって工房見学は終わり、一行
はぞろぞろと商品売り場へ移動した。
 売り物は、2m以上ある大きな置物から小粒のイヤ
リングまで、種類もサイズも実に様々だった。大理石
製品ばかりではなく、理科標本のようなもの、水晶な
どの鉱物、サハラ名物「バラの砂」などもある。
 最初に目にとまったのは、やはり一番大きな置物だ
った。縦横約2m、厚み約20cmの黒っぽい大理石
製で、いかにも高級料亭の入り口に置いてありそうな
ものである。
 これが注目すべき代物だったのは、土台の大きさも
さることながら、化石のサイズも巨大だったことだ。
頭より大きなアンモナイトや50cm位のマテガイが
厚み5cm位の浮き彫りになっている。まるで2つ割
のボーリング玉とビニール傘を、なるべく隙間を埋め
るようにアトランダムに貼り付けたようだった。
 大きさ、手の込みようとも超1級品ではあるが、こ
れを見た第1印象は「不気味」の一言だった。何万年
か前にはこれらは全部生きていて、イソギンチャクみ
たいな触手をウジャウジャ伸ばしてうごめいていたの
かと思うと、ますます不気味に思えてきた。それに、
4,5個ならまだしも、10も20もこのように大胆
に浮き彫りにしてあると、いかにもこれみよがしであ
る。サラ金2代目社長向きというか、成金くさい。
 その他の大理石製品は、お化けアンモナイトの印象
が強すぎて、全部不気味に思えた。イヤリングもペン
ダントも指輪も、肌に直に触手が伸びてくる想像だけ
で見る気も失せた。掛け時計や文鎮や灰皿や、その他
諸々の品々には、これまた精一杯浮き彫りが施されて
いる。ここまで強調せずともよさそうなものだ。「控
えめ」を美徳とする心構えは、コーランには含まれて
いないらしい。
 気分を変え、他の品物にも目を向けてみた。
 まずはサハラ名物「バラの砂」。これは、サハラ砂
漠で、雨や風の影響で長い間かけてできる砂の結晶だ。
神秘的な製造過程とロマンチックな名前に惹かれ、実
物を見るのを楽しみにしていたものである。が、本物
は名前ほど美しい品ではなかった。これは病気になっ
たバラか、出来損ないの軽石か? 何度か好意的に見
直してもそんな印象だった。とはいうものの折角の名
物。買うかやめるかさんざん悩み、ものの割に結構高
いので結局やめた。
 次に見たのは、標本のような普通の化石類。土台は
5〜15mc位で、アンモナイト、マテガイ、三葉虫
などがある。値段の違いは保存状態の善し悪によると
いう。
 だが安物の中には、見るからに眉唾物もあった。最
たる例がカエルとイモリの化石である。カエルやイモ
リの化石など、聞いたことがない。50歩譲って本当
にあるとしても、このように一目で「カエル、イモリ
」と判別できるほど、筋肉がきれいに残るものだろう
か。さらに50歩譲って生前の姿で残るとしても、こ
の化石の周りの溝は、どう考えても彫刻刀で彫った跡
にしか見えないのだが。
 この観察から導き出される結論は一つ。即ち、地球
の裏側の自然事象を、日本の常識に当てはめて考える
のは間違いである。
 一方、一万円前後の品物は、少なくとも見た目は本
物らしかった。2枚の岩が重なっており、上の岩を上
げると下の岩にアンモナイトが現れる物など、作りも
凝っている。だが、果たして手の平大の三葉虫の化石
をもらって喜ぶ人がいるだろうか。これを土産にした
ら、自分は人格を疑われ、物は押入の奥深く押し込ま
れて再び化石となることは間違いない。買うとすれば、
せいぜい冗談かいやがらせだろう。
「いやあ、ほんとに・・・」
 こんなの誰が買うんでしょうねえ、と隣にいた年輩
の女性に話しかけかけて、続きの言葉をわたしは丸飲
みした。丁度、店員が彼女に包装した商品を手渡しに
来たからである。
「・・・すごい化石ですねえ。買ったんですか?」
「ええ、甥にね。このサイズ(手の平位)で8千円で
すって」
 こんなもんが8千円?!あやうく口には出さなかっ
たが、思わずのけぞってしまった。
 そうか、甥は昔、彼女の靴にカエルを忍ばせたこと
があり、その復讐に違いない。それにしても高くつく
復讐だ。穏やかそうな顔してなかなかやるもんだ。
 その想像は、それに続いた彼女のお喋りによって、
誤解であることが分かった。彼女の甥は博物館か研究
所で働く研究者で、本当に化石好きらしい。かつては
地質学者を目指したという彼女は、自分用にも1点本
物を買っていた。
 成る程、こういう人が買うのか。嬉しそうな彼女の
顔を見ながら、大いに納得した。物言わぬ化石が語る
地球生誕のロマン。確かに興味深いテーマである。だ
がどうせ掘るなら、山梨県で徳川埋蔵金発掘に参加す
るのもいいかもしれない。
 アンモナイト屋を出たときは、すっかり日が暮れて
いた。そしてこの夜は、翌朝の早起きに備えてさっさ
と早寝をしたのだった。



●グッドモーニング

 ツアー6日目。本日のだけでなく、このツアーのメ
インイベントの一つである、サハラ砂漠での日の出見
物の日である。
 朝3:45に起床。眠たい目をこすりこすり起き出
し、ロビーに下りた。全員集合の前に外に出て空を見
ると、暗い町並みの上に散りばめたように星がまたた
いている。今日は幸先が良さそうだ。
 日の出見物をするのは、普通砂漠と聞いてイメージ
するような砂の砂漠のあるメルズーガである。エルフ
ードは石だらけの礫砂漠で囲まれた街なので、メルズ
ーガまで4駆のジープで一時間余りかけて行き、途中
からラクダに乗り換えて丘の上に登るという段取りだ。
一台の車に4人ずつが乗り、ジープは一斉に出発した。
 15分も走ると街中の中心部を抜けて郊外に近づい
た。ただでさえ少ない明かりはますます減り、ヘッド
ライトに照らされて数m先の道路や藪が見えるだけで
ある。
 と、不意に道が無くなった。砂漠に出たのだ。ここ
からは目印は何も無い。運転手の勘まかせでメルズー
ガに向かうのだ。砂漠に出るのを待っていたかのよう
に、各車一斉にスピードを上げ、それぞれが思い思い
の方向に走り出した。
「パリダカ、パリダカ!」
 日本人もモロッコ人も万国共通の歓声をあげた。そ
の声に応えるように運転手はさらにぐいぐいアクセル
を踏み込む。天井が低い後部座席では、がたがたがっ
たんと激しく揺れる度に椅子からジャンプしては、天
井に頭をぶっつけた。時には車ごと宙に浮く瞬間もあ
った。車が跳ね上げる礫が窓に当たっては銃撃された
ような音を立てる。誠にスリル満点である。
 窓の外に見えるのは、見渡す限りの黒い平原と、猛
スピードで追いつ追われつ動いていく他の車のライト
と、夜空に瞬く無数の星、そして月。暗い空間のあま
りの広さと大きさが、地表の何もかもを押し潰してし
まいそうな気がした。
 慣れているにしても、運転手の勘と腕はやはり大し
たものだ。やがてジープは各車ともほとんど同時に、
砂漠の中に忽然と現れた天井の低い平屋の建物の前に
停まった。外には20頭のラクダが整然と1列に並ん
で座っている。ここがラクダ乗り場だった。建物はラ
クダ小屋か何かだろう。
 車から出て、まずそこがさらさらの砂地であること
に感動した。これこそ「月の砂漠」でイメージしてい
た砂漠そのものだ。2人1組で適当にラクダを選ぶよ
うに指示があったので、一行はいそいそとラクダの方
へ移動した。
 一人旅のU嬢と組んで選んだのは、小さめでとりわ
け目つきの穏やかな一頭。おとなしく、顔立ちも美形
である。一方、その隣の大きめの一頭はとりわけ目つ
きが悪かった。体に比例して態度も大きく、首をゆら
ゆら口をもぐもぐさせ、時折「ばるるる」と威嚇的な
声を発している。
 いよいよ出発の時が来た。わたしは二人乗りの後ろ
に乗った。20頭のラクダは何頭かずつロープで縦一
列につながれ、キャラバンの形になった。
 ちなみに、ラクダに乗るときの最大の難関は、ラク
ダが立つときと座るときのバランスである。ラクダは
後ろ足から立ちあがり、前足から座る。この時、二人
乗りの場合、前の人は鞍の前部の10cm位の出っ張
りをしっかり掴んで全身を支えねばならない。結構バ
ランスとるのが難しいので、腕力に自信の無い人は後
ろに乗ろう。
 用意は整った。いよいよキャラバンは出発した。
 やっと薄明るくなってきた空の下、砂山の峰伝いに
ラクダの隊列は静かに進んでいく。さすがに20頭と
もなるとなかなか壮観で、しずしずと動いていく様は
おとぎ話の影絵を見ているかのようである。
 ただ、この絵のように美しいシーンに唾するような
ことが一つあった。われわれのチビ子の後ろに先程の
凶暴ラクダがつながれたのだが、チビ子に気があるの
か、何かとちょっかいを出すのである。それはチビ子
のみならず、人間にも及んだ。そんな訳で、大きな顔
が歯をむき出してぬうと近づいてくる度に、足にヨダ
レ垂らされるのではないかとヒヤヒヤさせられたので
ある。
 のんびり10分程ラクダに揺られたのち丘のふもと
に下ろされると、そこからは徒歩で丘のてっぺんを目
指す。勾配はスキー中級コース位である。時々足をと
られて手をつきながら、えっちらおっちら登って行っ
た。辺りは大分明るくなってきている。
 息を切らして登りきると、他の丘の上に登っている
観光客が、夜明け前のオレンジ色の空にシルエットに
なって浮かび上がっているのが見えた。われわれ一行
の隣にいた別のツアーの人達は、関西弁で賑やかに喋
っている。丘ごとに同じ国の人達が何となく集まるそ
うだ。こうして色々な国の人達が一様に東の方角を見
つめ、夜明けの決定的瞬間を待っている。
 夜明けが近づくにつれ冷え込んできたので、それを
予測してホテルから拝借してきたバスタオルをジュラ
バ風(自分ではそのつもり)に纏うと、地平線近くに
かかった雲が切れてくれることを祈りながら東に向か
って座った。明るくなり始めた空は幻灯のように色を
次々に変え、まばたきするのももどかしほどの美しさ
だった。
 空がラベンダー色になり、桃色になり、オレンジ色
になり、金色になった。そして雲間から一筋の眩い光
線がこぼれ、赤褐色の砂漠をさっと照らした。待ちに
待った日の出の瞬間だった。
「おー、出た出た」
 あちこちでほっとしたような歓声と拍手が挙がった。
それまで平面的に見えた砂漠の起伏がくっきりと浮か
び上がり、地平の彼方まで丘の陰影が連なっている。
赤みがかっが砂の色を、朝日がさらに際立たせ美しく
見せている。声もなく見とれているうちに、日はどん
どん昇っていき、すっかり夜は明けた。
 帰りは行きと同じチビラクダの前に乗せてもらい、
再びジープでホテルに戻った。暗闇だった往路にも
増して、帰りのドライブは正真正銘パリダカの雰囲
気を味わえた。どこをどう走っても、どんなにスピ
ードを出してもよいドライブというのは、実に気分
爽快である。ただ、他の車を抜きつ抜かれつして結
局ビリだったのが、唯一の心残りであった。



●お猫様の国

 この日も前日同様、ほとんど終日フェズに向け北へ
北へとドライブの1日だった。長距離走行2日目で運
転手のウィーダット氏は疲れているはずだが、それだ
からこそ安全第一、慎重にゆっくり走行を心懸けてい
た。さすがはプロの運転手である。
 と、初めはそう思っていたが、実のところは少々違
った。
 ではここで問題。(制限時間:1分)

************************

<問い>

40人の人がバスに乗っています。
10人は体重62kg、30人は52kgです。
 一人一人はそれぞれ18kgの荷物を持っています。
バスが運んでいる人と荷物の重量は何kgでしょう?

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<正解>

(1)上記の問いの順に計算する方法
   (10×62)+(30×52)+
   (40×18)
   =620+1560+720
   =2900
           A.2900kg

(2)一人一人が荷物を持った状態で計算する方法
  (62+18)×10+(52+18)×30
  =80×10+70×30
  =800+2100
  =2900
           A.2900kg

 よって正解は 2900kg

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<解き方別受験生進路相談コーナー>

(1)で解いた人
  文脈に沿って解いたあなたは文系派。
  世の中の国際化に向け、語学に力を入れましょう。

(2)で解いた人
  ひとひねりしたあなたは理系派。
  世の中の情報化に向け、コンピュータ学習に力を
  を入れましょう。

(3)1,2以外の計算で解いた人
  ひとひねり以上したあなたは独自路線派。
  世の中の個性重視化に向け、芸術分野の才能を伸
  ばしましょう。

(4)実物を用意して解いた人
  実物を用意できたあなたは実践派。
  世の中のエコロジー化に向け、あなたの財力をそ
  の研究に寄付し、自らは率先してエコ生活にチャ
  レンジしましょう。

(5)解けなかった人
  解けずとも今まで困らなかったあなたは幸運の人。
  世の中がどう変わろうと、これまで通りにしてい
  れば無事世間を渡っていけるでしょう。

************************

 つまり、軽めに見積もっても3t以上の荷物は、少
々くたびれたバスには重量過多でスピードが出なかっ
たのである。
 実のところ、バスは少々どころかかなりくたびれて
いた。場所によって椅子の前後間隔が異なり(前は広
く後ろは狭い)、背もたれレバーはあるものは動かず、
あるものはレバー自体が無い。エアコンは風向・風強
が思い通りになる静かな音のものに当たったら、相当
ラッキーである。毎朝の席取り合戦は、日を追う毎に
熾烈さを増していたのであった。
 上記のバス事情に加え、上り坂の多い道のりと時折
激しい雨が降りしぶく悪天候。ウィーダット氏は本当
にご苦労だった。前々から高かった彼の人気は、この
日からもはや不動のものとなったのである。
 2時頃に遅目の昼食をミデルトのレストランでとっ
た。レストランの内装は、ベルベットがふんだんに使
われたゴシック風の重厚な装飾で、なかなか豪華でき
れいだった。
 ところで、モロッコは猫が非常に多い。どこのドラ
イブインに行っても、必ず痩せたのが5、6匹はうろ
うろしている。このレストランにも、食べ物のおこぼ
れをねだりに来る父猫と、レストランの椅子の中央に
堂々と寝そべり、生後数日の5匹の子猫を抱いている
母猫がいた。手のひらサイズの子猫は、まだよちよち
歩きで本当に可愛い。客は食べるのもそっちのけで抱
いたりなでたりしていた。
 が、途中である事実が発覚した。動きがおぼつかぬ
子猫のトイレは、必然的にソファの上だったのである。
道理で母猫周辺は妙に湿っぽかったわけだ。満員電車
に裸のおじさんが乗ってくると不思議と空間が空くよ
うに、それまできゅうきゅうだった母猫周辺にはぽっ
かりと隙間ができた。
 しかし、よりによってレストランのソファが糞尿ま
みれとは、誠に恐るべきお国柄。日本の保健所職員が
見たら卒倒するかも知れない。このように、モロッコ
においては、猫は日本人観光客と同等の権利を認めら
れている。きれい好きの人は、椅子に座る前に、座面
が乾いているかどうかを一応確認したほうがいいだろ
う。


次へ