山口さんのモロッコ紀行−12

1999-Oct

●屋上にて

 広場を一回りした後、広場に隣接する4階建てビルの屋上で、ミントティーを飲んで休憩することになった。  屋上に上がった一行は、広場の様子をカメラやビデオに収めるべく、景色のいい一角に殺到した。そこでは5 人ばかりの西洋人の先客がお茶を楽しんでいたのだが、突如現れた日本人の団体にぐるりと囲まれ、戸惑ってい る様子。こりゃ気の毒に、と思っていたのだが、よく見ると、戸惑っているというよりは何かに興奮しているようだ。

「おいおい見てみい、こりゃすごい!」

「わー本当だ、こんなに小さいのにきれいだ!」、推測的意訳)

 彼らの視線の先にあったのは、日本人が使っていたハンディカムビデオの、5×4cmあまりの画面に映る、 広場の鮮明な画像だった。皆、本物の景色などそっちのけで、その小画面を注視している。

 そういえば、外国人がビデオを持っている場合は、テレビカメラ式の肩担ぎ型が多かった。パスポートサイズ で、ファインダー越しでなく映像が見られる日本製ビデオはやはり大したものである。さすが技術大国の日本製 品だけあるなあと、改めて松下・東芝・日立社員の日々の努力に感謝の念を抱いたのであった。

、夜が更けるにつれかなり冷えて来たので、温かいミントティーは大変ありがたかった。小さめの細長い コップの下半分をミントの葉が占めたミントティーは、香りがさわやかでなかなかおいしい。その上、すーっと 鼻が通って、鼻詰まりにも効果がありそうだ。

 なお、「決め球と飲み物はストレート」を信条とするわたしはそのまま飲んだが、正統派のミントティーの飲 み方は、トルコのチャイと同様、溶解度の限界まで砂糖を投入するというのが常である。虫歯も糖尿病をも恐れ ぬモロッコを極めたい勇者は、是非一度はトライしてみてみよう。



●馬車、再び

 お茶を飲んだ後、ホテルへの帰途は再び馬車。さりげなく往路とは違う馬車を選んだのは言うまでもない。  帰りは後部座席に座った。メンツはサンタ・ムスタファ両氏、一人参加の年配の男性S氏、わたしという組み合わせだ。

 話が盛り上がったのは、極点以外は行ったというサンタ氏(サンタなのに北極に行っていないのかあ)と、1 00カ国は回ったというS氏。互いに海外渡航歴を謙そんし合う二人に、未熟者たるわたしはただただ聞き入るのみであった。

 一方、日本語が解せぬムスタファ氏は、道路の方を見ていかにも退屈気に座っている。話しかけてみようかと 思ったが、その時の彼の顔にはこう書いてあった。「あーあ、おれともあろうものが、こんな日本人ツアー のお守りなんてかわいそうだよなあ。でもこれも女房子供のためだ。しんぼう、しんぼう」

 どうやら彼にも話相手にはなってもらえそうにない。そんな訳で、帰りはのんびり景色を見ながらの道中となった。

 ところで、モロッコの街路樹は、根元から1m程が白く塗られていて、フランス風の小洒落た雰囲気を演出し ている。実はこれは単なる装飾ではない。街灯が少ないので、夜に車のライトを反射して明るく目立たせるため の工夫兼害虫除けなのだそうだ。

 この地球に優しいエコロジーアイデア、日本でも取り入れたら多少は消費電力を減らせないだろうか。とりと めもなくそんなことを考えていた目の前で、隣を走っていた馬車に突如異変が起こった。

「あー!あー!」

 わたしは思わず2度叫んだ。 1度目は、ドッシーンと馬が転んだからである。 実際は一瞬の出来事だったはずなのだが、テレビで決定的瞬間がスローモーションになるように、それは妙にゆっく りとした動きに見えた。そして2度目は、それが行きの白馬であるのに気づいた驚きであった。 白、お前、まさか本当にこけるとはなあ。

 転んだのは馬糞に滑ったのが原因で、幸いなことに落ちた人もおらず、馬にも怪我はなかった。かの馬車はそ の後かなり後方を走っていたので、それ以後の2頭の走りっぷりは定かでないが、その後はひとまず転倒はせず に済んだようである。良かった良かった。

 それにしても、初めて行った阪神競馬場ではダークホースを言い当て、先日のジャパンカップも予想的中。実 は馬目利きなのではと密かに思うのだが、実際に馬券が絡むと全く当たらない。どうもウマい具合にはいかないものである。

 ホテルに戻ると、大音声のシンセサイザーカラオケ大会が、4階の部屋から見下ろせる中庭プールで開かれて いた。どこか演歌調の歌をこぶしを効かせて歌うおじさんの声を遠くに聞きながら、その日は眠りについたのであった。



●●メナラ庭園

 3日目は終日マラケシュ観光だ。 バスに乗り込んでまず目を奪われたのが、インテリガイド・ムスタファの服装。昨日までの高級 スーツをやめ、今日はジュラバ姿(ねずみ男の服のような民族衣装)だった。これもサービスの一 環だそうで、さすがによく似合っている。当然ながらこの日の写真撮影ではモテにモテて、満更でもなさそうだった。

 さてまず訪れたのは、マラケシュの町外れにあるメナラ庭園。12世紀ムワヒド朝時代に建造さ れ、かつては王族の逢い引き場所だったところだ。周囲は広大な公営オリーブ畑で囲まれていて、大 きな貯水池のほとりに建っている。

「貯水池にはコイがいます」

 そう説明しながらムスタファが取り出したのは、例の直径30cmのフリスビー型のパン。それを 4等分すると、まだ4つ切り食パンの大きさはある固まりを池に放り込んだ。

 一方それに喰らいつくコイのほうもパンに負けず劣らぬ迫力。4片の食べにくい大きなパンを奪 い合ってコイが一カ所に集中するので、当然の成り行きではある。

 このムスタファの大胆なパンのあげかたを人間科学的に分析(※1)してみた。(過程は長くな るため中略)結果、彼は「おぼっちゃんタイプ、プライド高し、一見穏和だが実は闘争好き、キレ ると危ない」という結論に達した。極めて個性的なサンタ氏とどう折り合っていくのか、今後の二 人の関係もなかなか見ものである。

 ここからは、オリーブとナツメヤシの林の彼方にマラケシュの街並みが小さく見える。緑の海に 浮かぶ赤い島のような色の対照が美しかった。

※注1
 参考文献: 社会心理学論文「自己意識特性と規範・(ナカグロ)行動」(1994年)


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