4つの「あ」
「はいっ、皆さん、ご覧のように人数が多いのでよく聞いてくださいよっ。わたしは今回添乗員を務めさせていただくSです。
今モロッコは人が多いです。というのは、トルコやギリシャが地震で被害を受けたんで、ヨーロッパ人がた くさん行っているからです。だから、今回の旅行は特に注意深くしていて下さい。
ここで、モロッコ旅行に際して皆さんに覚えて置いてほしいことがあります。それは4つの「あ」です。
一つ目は「あせらない」。あっちは何でものんびりもたもたしてます。焦っても無駄なことです。
次は「あわてない」。日本と同じように物事が進むと思っちゃいけません。何があってもドンと構えてい るのが肝心です。
次が「あきらめない」。まあ、1回で頼みが通じるなんて期待しちゃいけません。何度も何度も繰り返し 頼むしかありません。
最後が「あてにしない」。結局、あっちの人を当てにするのは間違いです。いくら頼んでもやってくれま せん。一番頼りになるのは、最後はやっぱり自分自身ですからね。
この4つの「あ」、しっかり覚えておいて下さいよっ。
それから、このツアーは大阪からの参加者を合わせて、44人の大ツアーです。だから7人ずつの班に分け ます。今後は班ごとに点呼しますので、皆さん御協力をお願いします。
じゃあこれから分けます。1班は大阪チームです。次2班、XXさん!」
口を挟む間も与えぬ怒涛の喋りと、突如始まった班分けに、一同は度肝を抜かれてぽかんとしていた。
班?中学校の遠足以来だ。
さて、班のアイデアはなかなか名案だと思ったのだが、班分けはまだしていなかったらしい。喋りの 流暢さとは対照的に、2枚の名簿をめくったり戻したり、時折1分ぐらいの間を挟んだり、間違いを点 々とちりばめて、思いの外手間取った班分けは終わった。4つの「あ」の心得、まずは自分が試験官と なっての例題だろうか? まあ、まずは日本で実践・初級編といった趣向なのだろう。
「あなた2班?」
「ええ、揃いましたかね?」
「そうですね。でも、班なんて中学校以来ですよ」
「わたしも。集まったらやっぱり背の順に並んで、トン、トン、前をするんですかね」
「そうですね、じゃ、あなたが先頭で」
思わぬ展開と思い出話に、ツアー客の親密さはぐっと縮んだ。さすがはサンタ、愛の使者。こうして 名言「4つのあ」を合言葉にしたツアーが始まったのである。