山口さんのモロッコ紀行−1

1999-Oct

新たなる旅立ち

10月1日、わたしの会社は合併した。わたしは9割9分確実と思われていた「現部署残留」の見込みが外れ、 ただ一人合併先の人ばかりの部署に異動になった。仕事も全く一変。全く0からのスタートだ。

 4日の月曜からの1週間が引っ越しやパソコン掃除で慌ただしく過ぎ、金曜日に内輪の宴席が設けられた。ま だろくに仕事もしていないのに、ありがたい心遣いである。

「どうです、少しは落ち着きましたか?」

「はあ、何とか」

 ふと気付くと、チャンポンで4杯目のライムハイは空になっていた。新部署で心機一転、「おとなしい人」と いう新たな装いで新会社「パシフィック」に乗り出してやっと5日目。しかし宴会という名の波は、容赦なく新 しい塗装にヒビを入れつつあった。

「じゃ、来週からぼちぼち仕事ができますね」

「はあ・・・実はちょっと休みを頂いてるんです」

「やあ、そうなんですか。いつまで?」

「火曜までです」

「ああそう、2日間ですか」

「いえー、そのー、再来週の火曜までなんです」

「えっ(間)、どちらか行かれるんですか?」

「はあ、ちょっとモロッコへ」

「へえ・・・(また間)、モロッコって何があるんです?」

「さあ、わたしもよく分からんのです、あっはっはー。  すみませーんお姉さん、焼酎水割りお願いします。できればレモン付きで」

 塗装は既に剥がれ落ち、本来の姿たるザルになっていた。 まあ良かろう、どうせいつかはバレることだ。真実が露見するのは早ければ早いほど良い。ただ、願わくばせめて1 月は持たせたかったのだがなあ。

 さて、なぜモロッコなのか?

 10月に連休をもらう約束をとりつけた(当然前の部署で)時、誰とも休みが合わず、結局一人でパック旅行に参 加することにした。その時、ふと目にとまったのがモロッコである。

 前に行った人の話を聞いたこと、「カサブランカ」「ナイルの宝石」「アラビアのロレンス」など映画でなじみが あったこと、サハラ砂漠に行ってみたかったこと、理由はいくつかあるが、最後の決定要因は、モロッコモロッコモ ロッコ・・・と繰り返した時の、馬の足音のような軽やかな口蓋内部への反響音だった。うーむ何と魅惑的な響き、こり ゃーとにかく行ってみるかー、決定!

 翌朝。近ごろのいつもの旅行パターンどおり、少々アルコールの残った頭を3拍子でふりふり、成田へと向かう電 車に乗った。と、そこでふと気が付いた。

「あーっ、カメラ忘れた!」

 しかしもう後戻りする時間は無い。こうして、新たなる旅は、波乱含みの予感と共に始まったのであった。


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