山口さんの「さまよえるラム」−27

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●深夜の戦い

 夕食後。夜が更けるに連れ、わたしはナーバスになっていった。  
眠るのが怖い。恐るべき怪物がまた目を覚ます・・・かも・・・  
とんちゃんはあまり表には出さなかったが、同じ恐怖に囚われているのは間違いなかった。

 バスでの暇つぶしにとんちゃんの手相を見ていた時のこと。

「あらー、とんちゃん、結構人に気をつかう方?」
「うーん・・・そうやなあ、そういえばそうかも」 

意外や意外。おおらかでマイペース型だと思っていたのに、案外繊細らしい。  
それが本当なら危険だ。もしかして、あの恐るべき怪物に遭遇したのでは・・・?  
問いつめると、とんちゃんは歯切れ悪く明かした。

「う〜ん、結構凄かったかも」  

や・っ・ぱ・り! 大岩が次々と4つ、頭にぶつかったようなショックだった。
恐れていたことが、やは り起きていたのか!  
そして数日後。夕食時の雑談でとんちゃんは言った。

「いやあもう、首絞めようかと思いました」  

がががが〜ん。そ、そ、そんなにひどいのか?  
ムンクの「叫び」を越える恐怖に、はっしと頭を抱えるわたし。
その様子を見るとんちゃんの表情は複雑 すぎて、真情を推し量るのは困難の極みだった。  
わたしが眠ると同時に現れる怪物。
それは、鼻腔を 通る呼気と共に生まれ、部屋中に広がって猛威を振るい、他者の安らかな眠りを容赦なく奪う。  
頼む、出るな、出ないでくれ〜! 
恐怖の質は違っ たが、二人の願いは同じだった。  

ところで、わたしがまさしく父の子だと立証できる3つの遺伝的要素がある。
第1は顔の輪郭。
第2は水 分を摂るペース(含むアルコール)。
そして第3が、 迷惑千万・被害甚大なのに自分ではどうしようもない悲劇的鼻腔構造、「いびき体質」だ。  
とんちゃんがバスでよく寝ていたのは、夜型だったからではない。
わたしのいびきのため、夜の安眠を妨 げられていたせいだったのだ。  
とんちゃんに安眠を、友情に平和を。悲壮感すら漂わせながら、毎夜寝る前に二人で対策を練った。  
ここに、その数々の試みの結果を記しておこう。同じ悩みを持つ方々の参考になれば幸いである。

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<< 研 究 テ ー マ >>

 いびきに関するインタビュー及び実験

◎趣旨  いびき公害は、加害者に悪意がない分、よけい事態は深刻である。
被害を押さえることにより、すべての 人の安眠の確保と、加害者の他者への遠慮という心理的負担を払拭する。

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◎インタビュー

<調査対象>  
今回のツアー参加者より、無作為に抽出

<調査方法>  
口頭による質問

<調査内容> ・
「あなたはいびきをかきますか」
「いびきを止める、あるいは防ぐための有効的な対策を知っていますか」
その他、いびきに関すること

<調査結果(要旨のみ抜粋)>

(A氏、B氏。二人は、共に一人参加だったため、  同室となった)

A氏:「かなりかきますよ。前に、”おまえのいび き、3匹のブタが首を締められてるようだ”と言われたことがあります。ははは・・・」

 −−その場合、どうしてます?

B氏「いやあ、初日は参りました。でも、それ以降  ベッドを移動して離すようにしたら、だいぶマシになりました(苦笑)」

(SMコンビ。長年の旅の友)

S:「僕がかくんですよ、ははは」 M:「そうそう、Sさんはすごいんですよ」

 −−その場合、どうしてます?

M:「先に寝ます!」

(結婚歴数十年のご夫婦) 妻:「ええ、夫はかきますよ。初めは気になりまし  たけど、慣れました」

夫:「そうそう。慣れるとね、今度はいびきが聞こえないと物足りなくなってくるもんだよ」

 −−もし結婚してから、奥さんがいびきをかくと分かったら、どう思います?

夫:「騙された!と思いますな」

 −−え〜、やっぱり(涙目)

夫:「なになに、慣れるから平気ですよ」

(新婚N夫妻) 夫:「どちらもあまりかきません。疲れた時、僕が少 しかくくらいですね」

 −−もし結婚してから奥さんがいびきがひどいと分かったとしたら、ショックでしたか?

夫:「ええ・・・そうですねえ、ちょっと」

 −−やっぱりねえ・・・(ため息)

夫:「そういえば、最近は保険の範囲内で治療してくれるらしいですよ。簡単に直るらしいです」

 −−えー、本当ですか!?   (Nさんに後光がさし、インタビュー終了)

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◎実験

<被験者の特徴>  以下の状況下にて、いびきをかく傾向が強い。

1.枕が低い場合
2.飲酒時
3.疲労時

<被害者>  
いびきに対する免疫は全く無い。  
家族は誰もいびきをかかない。  
家は静かな場所ある。  (←住所も静かそうな、「川○緑△」)

<被害の状況>
1.毎夜、被験者が先に就眠。
2.被害者が寝付きかけた頃を見計らい、いびき開始。
3.被害者の努力および被験者の不測的要素により、  いびき停止。
4.2,3が一番中繰り返される。

<対処と結果>

○自衛案

1.枕を高くする
 (方法)枕を二つ重ねて就眠。  
(結果)×  
(理由)枕が高すぎて、睡眠中頭部が枕上より移動。 平面に寝ることになり、効果なし。  
(その他)枕は、1つだと低すぎ、2つだと高すぎるという中途半端な高さであった。    

2.飲酒を控える  
(方法)飲酒を控える。  
(結果)×  
(理由)旅の疲れで、禁酒効果は無かった。

3.横向きに寝、気道を確保する(一般的方法)  
(方法)横向きになり、就眠。  
(結果)×  
(理由)体勢が寝返りにより変化した。

4.とんちゃんが先に寝つくのを待つ  
(方法)とんちゃん就眠の後、就眠する。  
(結果)×  
(理由)旅の疲労のため、起きていることは不可能。頑張っても11時が限界。

○対処案(実行者・とんちゃん)

5.枕を高くする  
(方法)枕の下に手を突っ込む。  
(結果)×  
(理由)    1日目:遠慮のため、効果が現れるほど手を突っ込めなかった。    
2日目:鼾が止まった後手を抜くと、再び鼾が再開。ベッドが離れているため、手を 入れたままの就眠は不可だった。     

6.横向きに寝かせる  
(方法)横向きに寝かせる。  
(結果)×  
(理由)    1日目:遠慮のため、横向きになるまで転がすことができなかった。    
2日目:体勢が寝返りにより変化した。

○その他

7.ベッドを離す  
(方法)ベッドを移動し、離す。  
(結果)×  
(理由)ベッドを移動できる部屋の範囲内では、鼾 音の大きさはほぼ変わらなかった。

8.壁を蹴る  
(方法)壁を蹴る(いらだちのあまり)。  
(結果)△  
(理由)一瞬止まるが、すぐ再開する。

<結論>  有効な方法もあるが、効果が短時間しか持たない。  就眠に充分な時間、有効となる手段はない。

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 「昨日は鼾、どうだった?」

静かになったという答えが聞けるかと、旅の前半は 朝起きるたび尋ねていた。
しかし、期待はいつも無残 にも打ち砕かれてばかり。いつからか、答えが恐ろし くて、聞くこともできなくなった。  
泣き言を言い出したのは、とんちゃんではなく、わ たしのほうだった。

「わ〜ん、もう絶対結婚できな〜〜い」
「そんなことないよ。いびきかく人でも、結婚してる 人はおるやん」
「いやだよー。男の人って、そういうの気にしそう。  結婚前にばらしたら破局しそうだし、黙って結婚し  たら”騙された”って言われそうだしさ。そんで、  ”うちのかみさん、実はいびきがひどくてさあ〜”  とか友達に言いふらしそう。そんなのいやだ〜」
「そりゃ、気にしすぎやって」
「いや、絶対そうだって」  

確信は固かった。
男性は基本的にロマンチスト、童 話のお姫様や伝説の美女ががーがーいびきをかいてい る図など想像できまい。
「眠りの森の美女」がいびき をかいていたら結末は全然違っていただろうし、クレ オパトラに関する名言も、「鼻が1センチ低い=鼻腔 が狭い=いびきをかく=シーザーが幻滅」という解釈 もできる。
悩みは深かった。  
一方とんちゃんは、夜は眠れず、昼は加害者のお守 りという二重の被害に耐え続けた。
「右の頬を打たれ たら左の頬を差し出せ」を地でいく態度は、気高く、 崇高で、神々しすらある。
とんちゃんのキャラクター だと、イメージは如来菩薩と重なった。
 
そしてついにある日。そんなとんちゃんに至福が訪 れた。

「昨日は結構眠れたわ」
「えー、本当!? いびき、かいてなかった?」
「うーん、多分慣れたんやと思う。昨日ワイン飲んだのが効いたのかも」  

そうか! とんちゃんが飲めばよかったのか。
その 手でいこう、もうこれで安心だ・・・。  
それは、ツアーも残すところあと1、2日となった 日のことだった。

 日本に帰って来て最初の日曜日。
「クイズ日本人の 質問(NHK)」で、こんな質問が出た。
「結婚して、妻について夫が一番驚く事は何か?」  
「いびきだ!」と叫んだのは、4択が出る前。
そし て外れる事を祈りつつ、こぶしを握り締めて正解を待 った。
外れろ、外れろ、4分の3は外れるんだ・・・  
正解が分かった時、「結婚するときは、その前に必 ず耳鼻科に行くぞ!」と、ダイヤモンドより固く誓っ たのである。



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