山口さんの「さまよえるラム」−25

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●ピイピイホテル

 ホテルで出迎えてくれたのは、何とスークで行方不明となったN夫妻。
はぐれた後、ホテルまで近かった ので、地図を頼りに歩いて来たそうだ。

「すみませんでした、ご心配おかけして」
「いやあ、無事で良かった良かった」  

謙虚な謝罪の姿勢とホテルでのお出迎えの労に、一同は胸打たれ、心中涙した。
若くて熱い二人のほんの ちょっとのランデブー、まあいいじゃないか。
こうし て二人の愛の力で、団体行動から逸脱した点については不問となったのだった。

 さて、ホテルで出迎えてくれたのは、アツアツの新婚さんだけではなかった。
ホテルの入り口のドアを開 けた瞬間、ウェルカムドリンクの誘いより先に耳にした声は、これだった。

「ピイピイピイピイ」  

入り口正面に設置された広さ約1畳、高さ10cmの囲い。
そこにいたのは、数匹の物静かなウサギと、鳴き喚き駆け回るたくさんのヒヨコだった。
囲いの中 には藁が敷かれ、藁のキリンなども配されている。「なぜ、ここに、こんなものが?」  
誰もが訝りながらも、眺めたり触ったりとなかなかの好評。ヒヨコは全て雄だった。
卵を産まない彼らに、 利用価値を見いだそうという試みらしい。  

ふわふわした姿の彼らは実にかわいらしかった。
だ が、数ヶ月後に愛すべき容姿でなっくなった時の運命を思うと、あわれを誘う光景でもあった。  
ヒヨコ達は、なぜか囲いの一隅に重なり合うほどに集まり、中には箱の外に飛び出す者さえいる。
来たる べき運命に怯えているかのようだ。  そこへ、外国人の幼い兄弟がやって来た。

「あ、ヒヨコだ!」
「ほんとだ!」  

微笑み合った二人、やおら藁を掴んでは、ヒヨコにかけ始めた。
それも、ポンペイを埋めた火山灰の勢い である。 
外見は天使なのに、やることは悪魔だ。
ここはひと つ、仏の慈悲を説かねばなるまい。

「かわいそうでしょ。だめだよ、いじめちゃ」  

すると彼らはきょとんとした顔でこちらを見上げ、手を止めた。
お、日本語でも通じたかな? えらいえ らい、少年達。  
と思いきや、藁かけがまた始まった。
いくらガンを 飛ばしても、日本人のおねーちゃんでは迫力に欠けるらしい。  
ここは一発、店員が言ってやれ! 
念じている間に、 チェックイン手続きの終わった保護者に連れられて、兄弟は去った。  
良かったなあ、悪魔の兄弟が去って。
それに、そん なに固まっていないで、もっとゆったり生活したほうがいいぞ。  
長い藁の茎でヒヨコをつつき回ったのは、兄弟の後釜に座ってヒヨコをいじめていたわけではない。
純然 たる親切心である。  
すると案の定だった。積み重なったヒヨコの山の底辺の一匹が、息も絶え絶えで倒れていたのだ。
 
かわいそう、助けねば! 
だが、養鶏知識も技術も ない参流プログラマーにできることといえば、弱ったやつを元気なやつが踏みそうになるのを庇うことくら いだけだった。  
そこへボーイが現れた。現状を見て取ると、慣れた手つき(実際に慣れてもいるのだろうが)で、つい今 し方動かなくなったヒヨコを取り上げて立ち去った。 
生きているなら治療を、そうでなければちゃんと埋葬して上げて下さい−−−  
ボーイの背中に向けてわたしは合掌し、こうべを垂れたのだった。



次のページへ