山口さんの「さまよえるラム」−23

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●愛の逃避行

 昼過ぎ、アレッポに到着した。  

最初に訪れたのは、国立博物館。入り口の前にある像は、どこかの遺跡の門を移設した本物だ。
暗灰色の 石造りで、高さ2m弱の獅子(?)の上に身長約4mの神様が立ったものが、横に3つ並んでいる。 
この像で印象的なのが、獅子と神様の顔。とてもユーモラスで、この上なくキュートなのだ。
誰もが「きゃわい〜!」と声をあげ、写真を取りまくった。博物館に入らなくても、外門からこの像だけは必見だ。

 昼食後に訪れたのは、アレッポ随一の観光名所と言われるアレッポ城。
紀元前10世紀にはネオ・ヒッタ イトの神殿、12世紀には十字軍に対抗する城塞となったという歴史ある城である。  
威風堂々とした容姿、堅牢な造り、アレッポ市街を一望できる眺望。
円形劇場や、迫真の「OH MY  GOD・・・」の写真が撮れる隠れスポットもあり、さすがに見応えがあった。  
お祈りの時間には、塔のスピーカーからアザーン(イスラムのお経)が流れ、うわんうわんとアレッポの町中にこだました。
むずかる赤ん坊がいる家庭は、イスラム圏には住まないほうがよさそうだ。

 次に訪れたのはスーク(市場)。アレッポ名物・オリーブ石鹸を買うためである。  
道幅3m程のスークは、全体的にこざっぱりしてきれいだった。
前に訪れたモロッコのフェズのスークが、 ドブと羊皮とロバの糞の臭いがする、狭苦しい迷路だったせいもあろう。
人出はやはり多く、週末の浅草の 仲見世に劣らない。
その中を、40人近い一行は、お のおの目についた店で買物をしながら進んだ。  

やがて、先頭のウサムさんが目的の店の前に到着。
説明のため全員揃うのを待つ間、ウサムさんは路傍のナッツ売りの兄ちゃんとお喋りを始めた。
同時に手は 商品のナッツに伸び、好きなように食べまくっている。 
大胆なタダ食いだなあ。感心して見ていると、ウサムさんはツアーの一行にも、ナッツを配った。
売り子 の兄ちゃんは、文句を言うでもない。お国柄なのかお人柄なのか、なかなかいい感じだ。  
ところが、ナッツが大分行き渡ってもまだ、しんがりの添乗員・アライさんが姿を見せない。後方で一体何が起きたのか。
静かな動揺が、さざなみのように広 がり始めた。

「まだ揃わないの?」
「なんか、二人いないらしいですよ」
「え、新婚さん? どっちの?」
「ほらあの、旦那さんが眼鏡をかけたほう」

 そこへアライさんが現れ、真相が明らかになった。

「Nさん夫婦、迷子になっちゃいました!」

 てえへんだてえへんだ! パックツアー参加史上、初の迷子発生。
しかも、言葉が通じぬアラブ圏。頭の 中を、岡っ引が走り回った。 
だが、ちょっと待て。本当に迷子だろうか。何といっても彼らは新婚旅行、ずっと40人での団体行動はつまらなかろう。
二人きりになるための、愛の逃避行 かも知れない。 
だが、それをやるなら、いかにも真面目気なN夫妻より、
夫はサンダル履き、妻は優雅に白いパラソルをくるくる回している謎めいたカップル、I夫妻だとにらんでいた。
見込みが外れて、ちょっと拍子抜け。人 を見る目、まだまだ修行が足りないなあ。 
結局、アラブ語ができる第2添乗員氏ら2名がバスの着いたところで待ち、残る一行は観光を続けることになったのである。



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