山口さんの「さまよえるラム」−22

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●おいしい仕事

 午前中の残る時間は、大半の人が船漕ぐ中(文字通り「夢中」)、隣り合わせた桃レンジャー・A嬢と二 人でお喋りした。  
彼女の旅行頻度を聞いて、わたしは目を丸くした。今年は2月イタリア、4月はここ、6月ドバイ、秋にも計画中。
ここ数年は、年4回ペースだという。

「すごい! それで、アルバムは全部整理しているんですか?」
「ええ。空いた期間はひたすらアルバム整理で、終わったらまた次の旅行っていう感じよ」
「へえええ〜」  

アルバムに直接貼れるようにと、ガイド本を書き写した手書きメモも見せてもらった。
細かい丁寧な字か びっしりと並んでいる。地図も手描き。彼女のアルバムは、さぞかし凝ったものに違いない。  
そんなA嬢は、正真正銘の社会人。こんなに休みが取れ、かつ旅費を捻出できるおいしい仕事とは、一体何なのか? 
転職の野望を胸に、わたしは尋ねた。

「薬剤師なんですよ。 大きな病院なんで、同じ仕事の同僚がたくさんいるから、交代で休みが取れるの。 全員が揃う事は、まず無いわ。絶対誰かか休んでる状態なの。大体定時で帰れますよ」

 看護婦のように夜勤も無い。医者のように夜中に呼び出されることも無い。聞けば聞くほど、おいしい仕事だ。
技術と知識は、やはり持っておくべきだなあ。良くても3回戦負けのテニスばかりやっていないで、もっ と勉強しておけばよかった。  
就職先があるなら、今からでも勉強しようか。久々に向学心が沸いた。  
ところが、おいしいばかりの話は、やはり無い。

「えええー、土曜日も出勤なんですか?」
「うん、普通はね」  

金曜の夜が、宴会日和から外れてしまう。
それを楽 しみにしている身には、醤油をたらしたコークハイ同様、のむにはつらい注文だ。  
やっぱり、今のままでいいか。にわかに沸いた向学心は、しぼむのも早かった。

 二人きりで旅行や友達の話で大いに盛り上がり、気付くと3時間が経過。
その間、ずっとうつらうつらし ていたとんちゃんは言った。

「ずっと起きてたん? めっちゃ盛りあがっとったなあ」
「うん、まあ」  

午前中のバスでは大抵寝ているとんちゃん。夜型人間であるらしい。  
その誤解が解け、事態の深刻さをついに認めた時から、二人の苦悩と戦いの日々は始まったのだった。



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