山口さんの「さまよえるラム」−20

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●おじさん6人衆

 ジョアンナと遊びながら、元海軍ジェントルマンYさんと、お喋りに花咲いた。  わが父に背格好も似ていたYさんは、70歳過ぎ。話好きで、海軍や家族についての楽しい話を、旅行中 はいつも聞かせてくれた。

「このツアーにはお二人で?」
「いえ、4人で。わたしと彼女は大学の友達で、あと2人は、昔トルコに行ったとき知り合ったんです」
「おお、トルコにいったんですか。わたしらも行きましたよ」
「やっぱり。バスで、トルコの写真を見せ合っていたから、そうだと思いました。今回は、旅行仲間で来たんですか?」
「ええ、元会社の同僚とその友達と、今回は6人です。 みんなもう退職してます。前回がトルコだったんです。 一昨年ですかねえ。ビデオを毎日交代で撮っていましてね、1つの作品にするんですよ」
「へー、グッドアイデアですね。全員の記念になるし、毎日違う個性が出て」

 そのうち、夕食前の散歩に出てきたツアーの人達が周りに集まってきた。大学生の息子がいる名古屋から 一人参加の女性Mさん、桃レンジャーA嬢&F嬢コンビ、Yさんの連れのおじさん等々。  Yさんが、連れの一人を紹介してくれた。小柄で物静かそうな人だった。

「彼のビデオは凝ってるんだよ。タイトルとかはワープロで作ってあって、ナレーションも自分で入れて、 音楽も付けるの。それを、全部同時進行でやるんだよ。後で編集するんじゃなくて。 だから、羽田に着いた時点で完成 というわけなんだよ。タイトルの入れ方も凝っててねえ。 例えば11月のパリなら、石畳に枯れ葉が落ちてくるでしょ。それに混ぜて、その日めくりカレンダーを落とすの。 その様子をまず撮って、次に地面に落ちたカレンダーにズームアップしていくの。 そこでナレーションが入る。”11月○日、何曜日”。で、もの悲しい音楽が入ってくるという感じでね」

 音楽は、パリなら「パリのアメリカ人」、月を映すときは「月光」を流すというように、場面に合わせて 用意。その場面に必要な部分と長さだけに編集したテープを、前もって作ってくるそうだ。

「す、すごい! 日本で全て撮影計画を練ってくるんですか? 用意が大変でしょう」
「ええ、2ヶ月くらいはかかりきりですね」
「そういう仕事をしていたんですか?」
「いえいえ、建築屋です」
「へええー。ビデオ歴は長いんですか?」
「いいえ、それほどは。3年位ですかね」
「じゃ、音楽入りにしたのは最近なんですか?」
「いいえ、最初から。映像だけではつまらないですから」
「なるほど、確かに。コツとかはありますか?」
「これは、左利きでないと難しいでしょうな。僕は左利きなんですよ。右手でビデオを操作しながら、 左手でテープを操作するんです。あなたならできますよ」

 彼はとんちゃんを見た。関空で、左利きのとんちゃんが書類に字を書いていた時、そのきれいさに感心し たそうだ。

「僕の担当はアカバに行く日なんで、日めくりを持って来ました。ホテルが紅海沿いでしょう。 だから、カレンダーを波打ち際に浮かべて、ひら、ひら、ひら、と遠ざかる様子を撮るつもりです」
「へええー。でも、日めくりカレンダーだと、失敗したら困るでしょう。スペアはあるんですか?」
「いえいえ。慣れてるから失敗しません」

 Yさんが口添えした。

「彼のビデオ、本当に良くできてるよ。わたしの親戚がトルコに行きたいと言ってたんで、 参考に彼のビデオを見せてやったんだよ。そしたら、もうトルコに行く気が無くなったんだって。 ”4回見たら、もう行った気になったわ”と言っとったよ」
「へえええー、それはすごい! 是非見てみたい!」
「彼が撮る日はそばで見ててごらん。一人で何もかもやって、すごい器用に撮っとるよ」

 70歳近い人が、最新機器を、松下社員もびびりそうな程使いこなしているとは、すごい。しかし彼には、 マニアックな雰囲気も得意げな様子も全く無かった。 数日経つと、他の4人の顔も覚えた。とんちゃんお 気に入り・柳田邦夫そっくり氏、警察の偉役をやりそうな某俳優似(←個人的意見だが)氏、小柄でいかに も典型的「好々爺」氏、ちょっとやんちゃ坊風の青シャツ氏。ジェントルな彼らは、楽しい話し相手だった。  平均年齢70歳とは信じがたい、若々しさ、元気さ。ただ者らしからぬ。後日、それを裏付ける事実を耳にした。

死海でもその若さは、照明されました!!
「あの6人ね、みんな旧帝大とかを出た、蒼々たるメンバーよ。 岩の名前とか特徴とか、何でも教えてくれるの。もう、分からないことが無いくらい」

 昭和20年代の帝大生といえば、今よりずっと超スーパーエリートだろう。  ビデオおじさんなど、仕事では、ニジェールでブリュッセル大使館から褒賞を受けたこともあるそうだ。 (※大使館は国別にあると思うので、ブリュッセル大使館は変? 記憶違いかも)

ベルギー大使館??
 仕事でも趣味でも、何をやっても人の何倍もできる人はいるんだなあ、と心底恐れ入った。さすがは旧東 大生様だ。その傑出したマルチな才能を、個人的な趣味だけに使うのは、あまりにももったいない。こういう人にこ そ、総理大臣になってもらいたいのだが。

 食事の時間まで、みんなでしばらく賑やかなお喋りが続いた。

「あらー、猫、かわいい」
「ジョアンナというらしいですよ」
「夕日、もう沈んじゃいました?」
「ええ、大分前に。でも、川側じゃなくて、ホテル側にでした」
「あっち側、軍事施設だから写真だめなんですよね」
「え? いやあ、こっち側らしいですよ」
「あら? でも、ホテルの人が言ってたんですけど」
「そうなんですか? わたしもホテルの人に聞いたんですけどねえ」
「あらそう。よく分かりませんねえ」
「ま、アラブ人だからみんな適当なんでしょう」
「いやあ、まったく」
「ここ、本当に気持ちいいわあ」
「そうですねえ」

 やがて食事の時間になったので、一同はレストランに移動した。

 食後、レストランで10時から行われたベリーダンスは、素晴らしかったらしい。

「いやあ、今まで見た中で一番でしたよ。美人で踊りもすごく上手くて。え、来なかったの? いやいや  いやあ、それは、実に惜しいことをしましたよ」 

ベリーダンスと言えば、トルコ。
エジプトでもやっているが、巨漢なおねえさんが踊っていて、乗っている船が傾きそうになる。 それに比べてトルコでは、若いお嬢さんが踊っている。

遅い開始時間にもめげずに見に行った人は、翌朝、わたしのように面倒がって行かなかった人に、大いに 自慢したのだった。



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