山口さんの「さまよえるラム」−14

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●景品のシャーペン

 夕食後。チップ用小銭を手に入れるため、ホテルのフロントに行った時のこと。用が済んで帰ろうとする と、ホテルマンに呼び止められた。

 何? エクストラサービス?

 ムシのいいことを考えていると、彼は1冊の葉書大の本を取りだした。厚さは3mm位。ぱらぱらめくっ た感じでは、飲食店等の広告本らしい。

 さほど欲しくはない。だがまあ、折角くれると言うのなら、話の種にもらっておこう。

「どうもショクラン、マッサラーマ(どうもありがとう、さようなら)」

 帰ろうとすると、彼はまた引き留めた。そして、「何か書く物を貸して」という身振りをする。

 サインでもくれるのだろうか。それも、さほど欲しくはない。だがまあ、折角くれると言うのなら、話の 種にもらっておこう。  わたしがシャーペンを渡すと、彼は質問した。

「あなたの名前は?」

 本の一番後ろのページに、アラビア語での名前と挨拶を、ゆっくり読み上げながら書いてくれたのだ。し かも2冊。とんちゃんとわたしの二人分である。

 へー、なかなかいい人だなあ。自称、草の根文化交流会員のわたしは感心した。ちなみにわたしは、外国 で子供を見ると、折り鶴を作ってあげるようにしている。

「ショクラン、ショクラン」

 仲間意識が湧いて、わたしはお礼を連発した。 すると、本を渡しながら、彼は言った。

「じゃ、このシャーペンちょうだい」

 ・・・あら? それが目的? 最初は拍子抜けしたが、よく考えるとそう単純に割り切れない点があった。

1.ホテルマンの彼なら、給料でシャーペンくらい買えるはず。
2.買えなくても、ホテルの備品を、シャーペンくらい(こっそり)もらえるはず。
3.当該シャーペンは、決して高級品ではない。
パイロットでもコクヨでもピカチュウ付でもない、灰色、プラスチック製、消しゴム付の、 「関西電力」ロゴ入りの景品。


    つまり、ただのタカリではなく、日本製品を欲しがっているのかも知れない。そして、家に帰って7人の 子供達に自慢するのかも。

「いいですよ」

 思わずそう言った直後、わたしは後悔した。 なぜなら、わたしがここ数年来愛用してきたシャー ペンは、決して高級品ではなかった。パイロットでもコクヨでもピカチュウ付でもない、灰色、プラスチッ ク製、消しゴム付の、「関西電力」ロゴ入りの景品だったのだ。

 就職活動時にもらったのか、それ以前か。もしかすると、受験戦争を共に乗り越えた同志だったかも知れない。

 そんな愛用の品を、無料の広告本と交換してしまうとは。せめて、ホテルのロゴ入りシャーペンと交換し てもらうべきだった。ばかばかばか、わたしのばか〜。

 ますます募る後悔を抑え、その日は眠りについた。 あれから数ヶ月、未だ「関西電力」シャーペンに次 ぐ愛用品は見つかっていない。今はただ、はるか遠いパルミラの地で、かのシャーペンが大切に使われてい ることを祈るのみである。



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