山口さんの「さまよえるラム」−10
中東のお肉は食べられなかった紀行?
●缶の中身
無難な内容のバイキングの昼食後、レストラン付近のお土産屋をぶらついた。店員の呼びこみもしつこく
なく、のんびり見られるのが良かった。
三カ国の中で、物価水準が一番低いのはシリアだ。ついでヨルダン、レバノンとなる。酒類などは、その
差が歴然と現れる。義理土産を買うなら、絶対シリアがお勧めだ。
ある店のウィンドウを覗いている時に店員に誘われて、わたしは店内に入ってみた。
店員は、30歳位でがっしりした感じの兄ちゃん。いくつか小物を勧められたが、この時は欲しいものはなかった。
「やっぱりいいです、どうもありがとう」
「そうですか。あ、でも、ちょっと待って」
兄ちゃんは棚の上から黒っぽい缶を取りだした。一体何だろう?
まるで予想はつかなかったが、多分どんなに考えても当たらなかっただろう。出てきたのは、リプトンのティーバックだった。
「まあ、お茶でも飲んで行きなさい」
足元から取り出したのは、水の入ったやかんとミニコンロ。わざわざお湯をわかすところから始めてくれるようだ。
好意はうれしいが、お茶を飲むほどの時間は無い。どうすればうまく退散できるだろう。考えているとこ
ろに、アメリカ人の若い女性が入ってきた。
彼女は一渡り品物を見たが、気に入る品物は無かったらしく、そのまま出て行こうとした。すると兄ちゃ
んは、彼女もお茶に誘った。
「ごめんなさい。もうすぐ集合時間だから」
「そうそう、実はわたしも」
「そうですか、残念。あ、じゃ、ちょっと待って」
兄ちゃんは棚の上から、再び缶を取りだした。もしや、ティーバックをそのままくれるつもりなのか?
「はいこれ、サービス。また来てね」
今度の缶は、さっきとは別物だった。絵葉書と、店の名刺と、缶から出したコーヒーキャンデーを、彼女
とわたしはもらったのである。気前のいい、なかなかいい兄ちゃんだった。
だが、キャンデーと一緒に受け取った次の誘いは、すっかり忘れていた。
「パルミラの観光が終わったらまたおいでね。10時に店で待ってるから」
今となっては、別れの記念となった絵葉書を見ながら、彼が夜を徹して待っていなかったことを祈るだけである。
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