山口さんの「さまよえるラム」−7

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●バグダッド・カフェ

 ツアー2日目。今日からいよいよ観光本番だ。
ここで、今回のツアーの日程の概略を説明しておこう。シリアのダマスカスからスタートし、5日目まで シリアを反時計回りで観光する。6日目、ヨルダンのバールベック遺跡を日帰りで訪問。以降はヨルダンを ほぼ垂直に紅海まで南下し、再び北上。最後はヨルダンの首都アンマンからアムステルダム経由で帰国する というスケジュールだ。往復の飛行機以外、移動は全てバスである。

 今日はダマスカスから北東へ約230kmのところにあるパルミラ遺跡の観光だ。バスに乗り込む面々を 見ても、まだ誰が誰ともよく分からなかったが、関空発の人は目で分かった。朝方に到着した彼らの目はみ な寝不足のため、しょぼしょぼしているか、血走っているか、朦朧としていたからである。

 さて、パルミラへのドライブの途中にトイレ休憩のために立ち寄ったのが、砂漠の真ん中にぽつんとある ドライブイン「バグダッド・カフェ」だ。

 ところで、バグダッドはイラクの首都。なぜシリアで「バグダッド・カフェ」なのか。なお、映画の「バ グダッド・カフェ」もアメリカのドライブインの話である。シリアの店も映画の店も、イラク風の内装だと か、イラク人が経営しているとかいう様子はない。単に店長の気紛れなのか? 実は何らかのいわくがある のか? 理由を知っている人がいたら、是非教えてほしい。(「探偵ナイトスクープ!」に応募したら、連 れて行ってもらえるかも!?)

 ここの店が映画と同じなのは店名と立地環境だけで、規模は小さく、ドイツ女性の手品ショーも無かった。 しかしその替わり、いかにもシリア的な見せ物があった。それは、ベドウィンの生活様式を再現した、広さ 6畳ほどの2部屋続きの見学用テントである。

 出遅れたわたしも人垣の後ろから後ろから中を覗いた。中では、ツアーの中の新婚旅行の奥さんらしい女 性が、ベドウィン装束のテント番のお兄さんに民族衣装を着せてもらい、みんなが写真を撮っている。おー、 いいなあ。衣装、着てみたいなあ。だが、初々しさでなぜか目立つ新婚さんとは違い、Gパン姿のわたしに チャンスが回って来る可能性はなかった。

 その時、お兄さんがこちらのほうに手招きをし、声をかけた。

「そこのきみきみ、来んさい」

 えー、本当? こんな、後ろにいるのになぜ? 本当に自分のことか確信がなかったので、周りを見 まわした後、再び彼と目が合った。やっぱりわたしのことか? こりゃラッキー。勘違いでも、このチャン ス、逃してはなるまい。

 そそくさと前に出ると、黒の地に黄色を主体とした華やかな刺繍を施した、愛しのタイガースカラーの民 族衣装を着させてもらい、ベドウィン風クッションに優雅に凭れ、妖艶な微笑をたっぷり振りまいた。写真 を映すみんなへの、素人モデルとしての精一杯のサービスである。これは、選ばれた者の当然の義務といえよう。

 ところで、わたしのモデル抜擢は、今年になってから、お世辞を知らぬ純粋な小学一年生に「11歳?」 と間違われたほどの超若々しい美貌が彼の目を惹いたためであることは間違いない。だが、その時着ていた 信号灯のように真っ赤なフリースのジャケットも、多少は影響した可能性もある。老け顔だがバグダッド・ カフェでモデルになりたいという人は、とりあえず派手な服装で行くといいだろう。

 ただ、それからしばらく後にテントの前を通ると、結局みんな交代で衣装を着ては写真を撮っていた。今 思うと、モデルの順番は「お子様優先」だったのではないかという気も、ほんのちょっと、しなくもない。  お土産よりも、軒先に下がっていたコーラやスプライトの空き缶に切り込みを入れて作った風車のモビー ルに見とれているうちに、休憩時間は終わった。バスは再び、パルミラ目指して出発した。



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