山口さんの「さまよえるラム」−6

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●心強きレンジャー部隊

 空港に出迎えてくれた現地ガイドは、20歳台らしい男の人で、名前はウサムさん(覚えたのは翌日)。 空港からはホテルまではバスだ。無数のモスクが緑色の明かりでライトアップされている眺めは幻想的で、 とうとう中東に来たのだという感慨を深めた。

 やがてホテルに到着。やれやれ、後は寝るだけだ。と思ったら、チェックインがなかなか終わらない。言 葉がわからない分だけ、余計にのんびりのんびりやっているように感じられた。  くたびれて自己中心的になっていたわたしは、心中、スケ番刑事サキの恰好で、ツイストを踊りながら駄々をこねた。

 あーあ全くアラブ人ってのはヨーヨー、これだからヨーヨー、当てにならんヨーヨー。疲れて英語もよく 分からんヨーヨー、日本語で頼むヨーヨーヨーヨー。 すると、ツイストが功を奏したらしい。

「エクスキューズミー」

 雪のような白髪に赤シャツの小柄な日本人のおじさんが、ウサムさんに話しかけたのである。とたんに手 続きは順調に流れ出し、おじさんに鍵と名簿が手渡された。

「あれは誰です? もう一人の現地係員さんとか?」
「いえ、お客さんですよ。英語ペラペラなんですって。アラブ語も喋れるそうですよ」
「へえ〜、そりゃあ頼もしい」

 団体旅行だと、旅慣れていて添乗員の手助けを買って出、「陰の添乗員」「第n添乗員」などと呼ばれる 人々がいる。実力を買われて頼られるという、なかなかかっこいい役柄である。戦隊ものでいうと、時には 赤の人気を凌駕さえする「青レンジャー」といえよう。

卓抜した語学力で並み居る強豪を抑えた彼は、初日にして、この栄えある「第二添乗員」の地位を確立した のであった。 だが、無敵の第二添乗員かと思われた彼が、名簿を覗きこんだところで、突然詰まった。

「ええと・・・誰かなあ、これは」

 名簿に目を近づけたり離したりしている。読めても見えない、つまり老眼らしい。アラブ語OKなのに、 細かい文字にKOとは。折角近づいたベットの幻が、再び遠のいて行った。 その時、遠のくベットを遮る声がした。

「どれどれ、見ましょうか」

 それは、ツアーで一番お洒落な恰好をした、てきぱきした感じの女性だった。ツアー初日にしてお互いに これほど助け合えるとは、何と素晴らしいチームワーク。あなたこそヒロイン、「桃レンジャー」だ。賞賛 の言葉と、再び近づくベットの幻が浮かんだ。 だが、名簿にさっと目を通すと、彼女も詰まった。

「ええと・・・誰か良く分からないわ、これ。母音が抜けちゃってる。(例:TANAKA→TNK)自分で見ないと分からないみたい」

 おいおい、なーんやそりゃ!
 やはりさすがアラブ圏、適当なお国柄。結局、全員自分で名簿を見て部屋番号を確かめ、鍵を取って部屋 に上がったのであった。

 しかし、ウサムさんに任せ切りならば、もっと時間がかかっていたに違いない。今回のツアーは頼れそう な人が多くてありがたいなあ。まあ、わたしの場合は、せめて人に面倒をかけないようにしよう。初日に心懸 けを新たにできた、好機であった。

 だが、背を伸ばした筍は掘り返され、色鮮やかな虫は鳥に食われる。傑出は危険を内包する。ゴレンジャ ーも、強くなければ戦わずとも済んだはずだ。

 NASAのレーダーのように標的を察知し、ブルドックのように食らいついたら離さないモンスターの存 在を、この時はまだ誰も知らなかった。

 やっと辿りついたベットで、わたしはぐっすりと眠った。



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