山口さんの「さまよえるラム」−5

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●とんちゃんと帽子の男

 添乗員さんの説明の邪魔にならぬよう、わたしは静かにとんちゃんに駆け寄った。そして説明が終わると 同時に、「アムステルダムで数年ぶりに再会する二人」という美しいシーンを、情熱的かつ感動的に繰り広げ た。(アイスは食べ終えていたので、背中にアイスがつく心配は無かった)

「おーおーおー、久しぶりやなあ、いつ以来かなあ」
「ほんまやなあ、めっちゃ久しぶりやなあ」
「でもさあ、何でここにいるの? 関空発は別ルートだったんじゃないの?」
「それがさあ、東京で4人で申し込んでくれたやろ。わざわざあたしだけこっちに合わしてくれてん」
「へえー、そうなんかー。ラッキーやったなあ」

 アムステルダムからの便は、成田発のグループはダマスカス直行便で到着が夜11時だったのに対し、関 空発のグループは、ミラノ経由で朝3時着の便だった。翌日も朝から観光なので、大阪チームはかなりきつい 日程だったのである。とんちゃんを初対面のMさんSさんと引き合わせていると、間もなく搭乗時刻となった。

 機内でゆっくり思い出話と思っていたのだが、その思惑は外れた。とんちゃん一人だけ、成田発グループ から遠く離れた席だったのである。飛行機は同じ機にできても、近い席までは確保できなかったらしい。

 その上、ただ離れているだけではなかった。とんちゃんは窓際の席だったのだが、隣はいかにもアラブ人 的な30代位の男性。カジュアルな服装はいいのだが、機内でもかぶっているカウボーイハットは何のつもり だろうか。友を案じ、危険度を計算せずにはいられなかった。

(環境要因)
・アラブ男性と日本女性が隣席・・・危険度 +2
・窓際は脱出が困難・・・・・・・・危険度 +2
(とんちゃん要因)
・服装(セクシー系ではない)・・・危険度 −1
・アラブ人馴染み度(低?)・・・・危険度 +2
(相手要因)
・カジュアル服(スーツに比べ)・・危険度 +1
・脱がないカウボーイハット・・・・危険度 +3
           以上より、危険度計 +9


「・・・とんちゃん、大丈夫?」
「あー、うん」

 気にする様子もないとんちゃん。実に頼もしい。それでもやはり心配で、後で様子を見に行こうと思いな がら席に着いた。だが、結局それは出来ずじまいだった。座った途端睡魔に襲われ、5分でKO。まともに目が覚めたのは、 着陸時の振動のおかげだったからである。寝ぼけながらも今度はみんなとはぐれることもなく、入国ゲートに向かった。

「とんちゃん、大丈夫だった?」
「うん、全然」
「なんか喋った?」
「うん、結構おもろかったで。あの人、商売やってはるらしいで」
「へえ〜」何を扱っているのやら。
「そんで、あの帽子、2つ重ねてかぶってはるねんて」
「へええ〜、何で?」
「さあ」

 変だ。カジュアル服の商売人で、しかも2重帽?・・・そうか、分かった!  わたしは絶対的な確信を持って、興奮して言った。

「そりゃー絶対ヤクの売人や! 帽子の間にブツを隠して運んでるんや!」
「ちゃうやろ」

 一言で片付けられた瞬間、形容しがたい不思議な快感に、頭の奥がじーんとした。これぞ大阪のテンポ。 ボケる、突っ込む、終。なんと軽やかでリズミカルなのか。それ以降、この日は寝るまで「ふるさとの訛り 懐かし・・・」の句が、頭の中をぐるぐる回った。

 ただ、わたしは納得したわけではなかった。彼はやはりヤクの売人だ。とんちゃんは幸いにして気付かな かったか、不幸にして口止めされたかしたのであろう。しかし、中東発案者が、友の不安をあおったり犯罪 に巻き込んだりすべきではない。とんちゃんの身の安全のため、わたしはそれ以上の言及を避けただけであ る。シリア警察の方々、申し訳ない。今だから言うが、二重帽子は要チェックであるぞ!



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