山口さんの「さまよえるラム」−4

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●愛するアイス

 アムステルダム到着直後、われわれ3人はさっそく団体行動の和を乱してしまった。  出発前に成田で添乗員代理のお姉ちゃんが説明をしている時、自他称「影の添乗員」・説明不要のMさん、 G勝利に酔い浮かれているSさん、Gショックに打ちひしがれているわたし、3人とも話をまるで聞いてい なかった。アムステルダム到着後、われわれはそのまま乗り換えゲートに向かったのだが、他の人はお姉ち ゃんの元に集合していたのだ。先にゲートに着き、トイレに行ったところでみんなに出くわし、自分たちが 「行方不明者」となっていたことを知ったのである。 お姉ちゃんは、安堵と諦めの交じった顔で言った。

「ま、多分そうだろうと思っていましたけどね」
「す、すみません」

 今回のツアーは年輩者が多い。遅れてやって来た一団がくたびれ顔で腰を下ろすのを見て、わたしは大い に恐縮した。余計な心労をかけて体調を崩させては申し訳ない。頭を冷やして反省せねば。

「アイス食べません? モロッコへ行くときも食べたんですけど、 ここのハーゲンダッツの売り子さん、結構ハンサムボーイなんですよ」
「ああ、いいですよ」

 世界一広いショッピングモールを持つといわれるアムステルダム空港の果てまでハーゲンダッツを求めて 遠征に出発したのは、こうした罪滅ぼしの一環の意味もあったのである。  場所は遠いが前に来たのはわずか半年前。記憶にまだまだ新しく、迷う心配は無い。カジノ、土産物屋、 「アイスあります」と日本語で書かれた小さな屋台、 「HA HI HI HA HI HA HI」など で位置を確認しつつ、行軍は順調に続いた。

 「HA HI HI〜」は、東京でいえば銀の鈴、大阪梅田ならビックマンに相当する待ち合わせの目印 だ。したがって、アムステルダム空港で待ち合わせをする場合は、田園調布のマダムでも星一徹でも「ハヒ ヒハヒハヒで3時」のように言わねばならないのだ。笑いの輪を広めた貢献に対し、この建築士は吉本興行 から表彰されていいだろう。

 さて、その「HA HI HI〜」の実体は・・・それは、自分の目で確かめるまでのお楽しみに残して おこう。約20分後、ハーゲンダッツに到着。淡い期待をこめて店先を覗くと、あら残念、かのハンサムボーイは いなかった。ついでに言うとラブリーガールもいなかった。いやそればかりか、容姿に関係なく誰もいなか った。休みだったのである。

 20分の遠征は、全くの徒労に終わってしまった。何というオチだ。しかし、木曜日午後3時にアイスク リーム屋が閉まっているなどとは、体育会系某部に所属していた時の不条理な掟「禁アイス」の時代をも乗 り越えたアイス愛好家には、全く想像できぬ事態だったのだ。

 ともかく、一度上昇した体温とアイスへの情熱は、アイスを食べる以外に冷ます手段は無かった。アムス テルダム空港ガイド本でSさんが見つけた「日本円が使えるアイス屋」を探してうろつくこと30分。1時 間余りに渡ったアイス探訪の旅は、ついに見つけた店が、実は半年前から見知っていた「アイスあります」 と書かれた屋台だったという第2のオチ、そして結局日本円は使わずにドルでアイスを買う(おつりもドル )という第3のオチをもって、無事締めくくられたのである。

 ようやくありついたアイスを味わいながら出発ゲートに戻ってくると、われわれのツアーのメンバーに向 けて話をしている女性がいる。添乗員は関空チームに付き添っているので、ダマスカスで合流のはずだ。一 体誰だろう?

 ゲートに近づいてその声が聞こえるようになると、彼女がやはり添乗員のAさんらしいことが分かった。 説明はほぼ終わりかけていた。そういえば、アムステルダムで少しは会えるかもと言っていたなあ。さっきも行方不明、今回も行方不明 で、その上アイスをなめたりしているときては、第一印象はかなり悪いだろう。あーあ、ブラックリスト筆頭確定だなあ、こりゃ。

 せめてアイスを早めに食べ終わろう。それに気をとられていたので、かなりの近眼のわたしは、こちらに 向かってしきりに手を振っている人物になかなか気が付かなかった。

「・・・あらー、なんでここに?」

 数年ぶりとは思えぬような、前と変わらぬ飄々とした雰囲気。それは、ダマスカスで合流するはずだった 親愛なるとんちゃんだった。



次のページへ