山口さんの「さまよえるラム」−39

中東のお肉は食べられなかった紀行?


●名探偵・M

 バールベック遺跡観光後、出口のそばの土産屋で、しばし自由時間があった。  
そういえば、レバノンは日帰り観光だから、ピンバッチを買うなら今しかない。
そう気付いたのは、しば らく当てもなくぶらついた後のこと。
残る時間、2軒 しかない店でのバッチ探しに、わたしは全ての情熱を傾けた。  

ところが無い、ないナイNAI。似て非なる物あり、まるで別物あり、店中に並べられた無数のこまごまし た品々を見て回ったが、目当ての品は見当たらない。
うーむ残念、シリアと同じくレバノンにもバッチは無いのか。
諦めて出てきたところで、ばったりとウサムさんに出くわした。

「こういうバッチ、無いですか?」

 首を横に振るとばかり思いきや、彼は言った。

「あー、ついといで」

 おお! ダメもとで聞いてみるものだ。
妊娠腹でア ライさん口説き屋でも、何ていい人なんだ。
彼が店主 に聞いても無いならば、きっぱり諦めもつく。  

店に入り、ガラスケースのカウンターの後ろにいる中年の痩せた店主に、アラブ語で話しかけるウサムさ ん。
実に頼もしい。
すると店主は、下を指さした。

「あっ、あった!」

 ピンバッチはガラスケースに入っていた。
さっきは 眼孔鋭い店主の近くに行くのをためらって、見落としていたのである。

「ハウマッチ?」

 国旗をかたどった1cm角のを選んで聞くと、その返答はこうだった。

「ゴドルタカクナイ」

 ゴドルタカクナイ。5$高くない。
まるで1つの単 語のような、滑らかな言い方だった。
日本人の次の出 方をよく知っていて、先にそれを封じようとは、実にお見事。
感心のあまり、わたしは唸った。  

だが、店主にのまれてばかりはいられない。
5ドル (米ドル)はどう考えても高すぎる。
こっちもアラブ 語で対抗した。

「ガーリーガーリー(高い高い)、3ドル」

 本当は2ドルと言いたかった。だが、集合時間が迫っていたので長い時間かかる交渉はまずいと思い、譲歩したのである。

「だめ。5ドル」
「えー、3、3! ウサムさ〜ん!」

 思わずウサムさんに哀願の目を向けると、彼は「しゃーないなあ」という顔をして、店主に「頼むよ、僕 に免じて」らしいことを言った。わたしも横で、「お願い、ウサムさんに免じて」というねだり顔で店主を見つめた。  
2対1、押せ押せムード。ついに店主が折れた。

「分かった、いいよ、3ドルで」

 いやっほう! 交渉成立である。  
ところで、支払いの時、少々混乱があった。まだたくさんあったシリアポンド(ヨルダンでも使える)で 払い、おつりを米ドルでもらったため、計算がややこしくなってしまったのである。  
だが、ちゃんと計算する余裕はなかった。
店主が目 を見開いて「ひい、ふう、みい、・・・はい、これでOKね!」という様子に圧倒されたのと、ウサムさん の「急げ急げ」という素振りにせき立てられたためだ。
後で計算すると、約4ドルだった。

最後の最後で、少 々ごまかされてしまったらしい。  
だが、わたしはほぼ満足していた。ついに念願のピンバッチを手に入れたという満足感が勝っていたのだ。
値段は時間が無かったので仕方なかろう。  

後で知ったのだが、実はウサムさんは、集合の最後の一人であるわたしを迎えに来たところだったらしい。
道理で、「早く早く」という言葉なきプレッャーが強烈だったわけだ。
そうとは夢にも知らず、値段交渉ま でさせてしまった。
きっと、図々しい奴だと思ったに 違いない。

「お、そのバッチはどうしたんです?」
「今買ってきたんです」
「いいなあ、見せて」
「見せて」

 バッチを手に入れたのは、ツアーでただ一人。
ふっ ほっほっほ、いいだろう。
4ドル、安い買い物だった。
優越感から、われ知らずににたにた笑いが出た。

 * * *

「ほれほれ見てみ〜」

 Mさんがつつーと近寄ってきたのは、アンジェラ遺跡(?多分・・・後で調べます)の前でだった。  
アンジェラ遺跡は観光コースには入っていなかったが、実は世界遺産。
それが丁度帰り道沿いにあるとわ かり、何人かのたっての願いで、入り口の外から写真撮影をするために5分だけ停車したのである。

「あーっ、同じバッチ!? どこにあったんです?」
「そこのお土産屋。他にも色々あったよ。1個1ドル」
「ぬ、わ、にぃ〜!?」

 早速見に行くと、あるわあるわ、あれほど探したバッチが山積み。
わたしのバッチは単純に長方形の旗印 だが、ここには風で翻っている旗の、一回り大きいバッチまである。  

こっちのほうがいいなあ。しかも1ドル、4分の1の値段だって?  買い直そうかとも思ったが、「ふっ、こっちは4倍 の値段だ!」と意地を張り、結局買わずじまいになったのだった。

 * * *

 驚いたことに、Mさんはこの展開を半ば予期していたそうだ。

「バールベックは有名な観光地だから、物価が高い。でもこっちはそれほど有名じゃないから、あっちよりは安いかなあと。 大当たりでしたねえ、ふっふっふっ」
「でも、こっちは観光コースに入ってないのに」
「昼食で近くに来るから、多分寄るんじゃないかと思ったわけよ。世界遺産だし」
「じゃあ、もし寄らなかったらバッチは無し?」


「そうそう。買い物は運も大切!」

 そっか〜、な〜るほど、さっすが〜! 
下調べと理 論から導き出された鋭い読みに、わたしは心底感服した。
まるで探偵の謎解きを聞いているかのようだ。  

実はわたくし、小学校でホームズものを読んで以来「憧れの職業=名探偵」という大のミステリ好き。
あ あそれなのにそれなのに、今回は完全にワトソン君になってしまった。
いつかはホームズ役をやってみたい ものである。
修行の道は遠い。



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